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レースで活躍した名車
日本国内のレースで活躍した名車。 特に市販車ベースのレースカーは私たちの憧れの的であった。
そんなクルマを紹介してみたいと思う。

ところで、記事を纏めていて思ったのは、やはり昔のスポーティーカーの格好良さ。
速さを追求したスタイリングやメカニカルが今のクルマとは違って、当時のめりこんでいた自分の記憶が、ここに目覚めてしまったようである。
あのトキメキをもう一度。これからも機会を見つけては、旧車の探求に努めていきたいと思っている。

TSレース
TSレースとは、1970年〜1980年代に富士スピードウェイで開催された市販車改造マシンによるレースである。
富士グラン・チャンピオンシリーズ(グランチャン)の前座として開催され、サニー・スターレット・シビックなどによる熱い戦いが繰り広げられた。その人気はメインイベントのグラチャンを凌ぐほどであった。
B110サニー(2代目)の活躍は長く、クルマ全体のバランスが良いためTSレースではワンメイクといえるほどになり、後継車が出てきてからもホモロゲが切れるまで、トップレーサーから草レースまで愛されたクルマであった。
また日産からは同じA型エンジンを積みながら当時は珍しいFFのチェリーX1がワークスとして参戦した。一方、スターレットの進化も素晴しくデビュー当初はOHVエンジンであったT型エンジンはDOHC化されライバルB110サニーを追い落としたのである。




スターレット チェリー シビック

ツーリングカー・レース


ツーリングカーレースと言えば、スカイラインGT−R(KPGC10)が一番に思い出す。
スカイラインは、歴代モデルが数々のモータースポーツに参戦しているが、第2回日本グランプリでポルシェと互角に渡り合った(詳細はプリンスの項目を参照)ことが有名である。しかし3代目が築いた国内レースで50勝が、スカイライン伝説=スポーツカーという図式を完全にしたと思うのである。

当時は「ファミリーカーはトヨタ」「スポーティーカーは日産」というのが私が思っていたイメージである。それだけ日産は強烈なレーシング・イメージがあったのだろうと思う。
しかしGT−Rだけでなく、日産ではフェアレディZ(Z432&240ZG)やバイオレット、マツダではサバンナRX3、トヨタもセリカなどが参戦し、メーカーの威信をかけた戦いがあったことは、記憶に新しい。

幻のKPGC110−GT−Rはモーターショウに参考出品されたときは強烈なイメージであった。残念ながらS20エンジンの増産は行なわなかったため、市販も僅かであったが、もしレースに参戦していたなら新たな伝説を生んだであろうと思う。


柳田240ZG サバンナRX3 セリカGT

ストックカー・レース
鈴木誠一選手のセドリック

クラウンHT。同型車がウルトラマンタロウのウルフ777のベースとなりました

街中を悠然と走る高級車。クラウンやセドリック、グロリアやデボネア(これはないか...)。
これらがレース車として走っていた頃がある。
アメリカのストックカー・レースを模して始まった競技は、そのレースカーの大きさから当時の雑誌を見ていても迫力があったと記憶する。

その日本におけるストックカーレースの歴史は1963年、日本グランプリでグロリア、セドリック、クラウン、ベレルなどが競ったときからである。
そして、1972年まで数多く開催されたが、アメリカンスタイルのレーシングマネージメントが認められず、残念ながら自然消滅となった。

しかし、現在ではその人気が復活して、往年の後継者がレースで活躍するようになったのである。


バトル グロリア セドリック
初代セドリック プリンス・グロリア

スーパーシルエット・レース


1980年代初頭にはじまったスーパーシルエットレース。
派手なエアロパーツで武装したボディに570ps以上のターボエンジンを搭載。
ストレートを脅威的なスピードで駆け抜ける姿はモンスターそのものであった。

パイプフレームで構成されたシャシーに、市販車のシルエットを残したFRPベースのカウルを装着したものだったが、その姿は市販車そのもの。
しかし、コーナー手前の減速区間では強烈なアフターファイアを吹き上げるのは強烈なインパクトで、自分のクルマでもやりたいと思った。

ドライバーは、星野・長谷見・柳田などのヒーロー。興奮するはずがない。
当時のクルマ好きは、鈑金などで市販車を改造して作ってしまった人もいたという。
F1に劣らない、とても燃えたカテゴリーであった。


スカイライン ブルーバード ガゼール