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モータースポーツへのチャレンジ
インプレッサがWRC(世界ラリー選手権)で活躍しているのは、皆さんもご存知と思いますが、スバルがモータースポーツへのチャレンジを写真で振り返ってみたい。

サーキット・レースでは、スバル360が第2回日本グランプリのT−1レースで1・2フィニッシュを飾っている。
前年、専用のチューンを何もせずに、ほぼノーマルの状態で出場して、スズライトに敗北を記したこともあり、プロジェクトを組んで臨んだ結果である。
なお、このマシンは現在でも群馬県の小関選手の店で大切に展示されている。

1967年には、富士12時間耐久レースにスバル1000が出場、クラス優勝に輝いている。
レオーネになってからも、セミ・ワークスとしてツーリングカー・レースにチャレンジしている。
ところで、FJというフォーミュラカー・カテゴリがあるが、長い間そのエンジンはスバルのEA71エンジンがワンメイクで使用されている。



(左上)1964年第2回日本グランプリ
(左下)T−1レースの360レーシング(実車)

(下)T−1レース優勝車


スバル1000 FJ1600 レオーネ

ラリーでの活躍
日本アルペンラリー
サーキットから国内のラリーに、活躍の場を移したスバルは1970年の日本アルペンラリーに、スバル1300Gでワークス体制を組み総合2位を獲得。
レオーネでは初代RXやGFTが活躍。そして待望のスポーツ4WDがラリーに登場。海外ラリーでは1977年のロンドン〜シドニー・ラリーの4WD1600セダンが最初であった。

サファリラリーへの本格的参戦は1980年、2台の2代目レオーネ・スイングバックRX4WD1600からである。
1985年には3代目レオーネにスイッチ。特に1987年よりクーペRX4WD1800の活躍が記憶に残る。


レオーネRXラリー スイングバックRXラリー クーペRXラリー

ワークスのサポーター
選手村の風景
ところで、WRCでは選手やラリーカーに視線が注目されやすいが、ワークスでは裏から支えているサポートを忘れてはならない。
レースカーを修理するメカニック・健康管理を行うケータリングチームなど、強力なバックアップのうえにラリーは成り立っているのである。

選手村の風景 選手村の風景 選手村の風景